こんにちは、獣医師のにわくま(@doubutsu_garden)です。
私は今、動物病院で獣医師として働いています。
獣医師になるには獣医学部で6年間学び、国家試験に受からなければいけません。
さて、大学の獣医学部と聞くと何を勉強しているところだと思いますか?
…
動物病院の先生になるためのところでしょ?犬や猫の病気を勉強しているんじゃないの?
多くの人がこう思っているんじゃないでしょうか。
実は獣医学は犬や猫といったペットのための学問ではないのです。
皆さんが想像する、動物病院で診るような動物、つまり犬や猫のことを学ぶ期間は、大学6年間のうちの正味1年間くらいしかありません。
6年間のうち大半が、牛や馬、豚、鶏などの産業動物などの家畜についての勉強で、いわゆるペットについての勉強というと、犬、猫を少し勉強する程度なのです。
獣医学の歴史
日本で最初の獣医療というと、聖徳太子が待臣橘猪弼に、高句麗から来た僧をつけて馬医術を学ばせたのが始まりと言われています。馬医という官位もありました。
古代から戦国時代、江戸時代まで、獣医療=馬の治療であり、馬の治療はとても重要視されていました。馬は戦争をするのに欠かすことのできない、「生きた兵器」として扱われていましたからね。
そして江戸時代以降になると、馬以外にも、牛や犬の疾病や治療についての書も出てくるようになりました。
犬好きで有名な徳川綱吉が発令した生類憐みの令。これにより犬医師の職制ができましたが、殺生禁断、畜犬保護の規定が厳しすぎたため、綱吉が亡くなるとこの制度は廃止されてしまいました。
1662年に「獣医」という呼び方になったと言われています。
明治時代以降は鎖国も終わり、海外の牛や馬、羊の書が大量に入ってきます。
明治維新によって牛乳を飲んだり牛肉を食べる日本人も増え、畜産業も発達し、乳牛や肉牛の診療や乳肉食品の衛生管理に西洋獣医学が必要とされるようになりました。これまでの獣医療というと、馬医や伯楽による東洋医学の応用が中心だったんですね。
そして1878年(明治11年)、駒場農学校でヤンソン教授が、札幌農学校でカッター教授が獣医学教育を始めました。
駒場農学校発足当時は、日本に限らず獣医学の必要性は富国強兵の意味をもった家畜伝染病が自分の国へ侵入するのを阻止することが目的の一つでもあったため、検疫を主とした国家的、集団的な家畜衛生に重点を置いたものでした。
西洋獣医学が入ってきた明治維新以降、日本の獣医学は急速に発展することになります。
1885年(明治18年)には獣医師免許制度ができ、1890年(明治23年)には東京帝国大学(現東京大学)に獣医学科が設置され、4年制の獣医学教育が始まりました。
公衆衛生、家畜防疫、産業動物臨床が獣医師の主な仕事でしたが、第2次世界大戦終了まで陸軍にも獣医部があり、軍馬の診療も獣医師の仕事でした。
第2次世界大戦後には法的な整備も行われ、獣医師法にはじまり、農林水産分野では家畜伝染病予防法、家畜改良増殖法、獣医公衆衛生分野では、と畜場法、食品衛生法、狂犬病予防法、動物愛護法あるいは薬事法などが整備されました。
現在も法律を学ぶ授業があるし、国家試験にも必ず出題されます。
今のように個人が飼っている犬猫の診療をする獣医師もいたんですが少数派で、国家に仕える公務員獣医師がほとんどでした。
個人の飼い主ではなく、国のために働くように訓練されていたことや、小動物の診療では大きな収入が得られなかったことが背景としてあるのかもしれません。
“日本近代獣医学の父”ヤンソン先生の教え
ドイツ人獣医師だったヤンソン先生は、解剖学をはじめ、病理解剖学、内科学、外科学、伝染病学、防疫学、乳肉検査、飼育学、産科学、寄生虫病学などの講義と病院での臨床実習を担当しました。
現在の獣医学部の授業と同じようなラインナップです。
また、一緒に日本へやってきた他の獣医の先生たちと、獣医学を教えるだけでなく家畜病院も開設し、民間の牛や馬、犬、猫の診療も行っていました。
英語による授業だったそうですが、家畜衛生学の重要性を説いており、獣医学は単なる家畜の疾病治療を目的とせず、家畜と人間生活の問題に係わるものとして捉える必要があるというものでした。
獣医学は家畜の病気を治すためだけのものではなく、人間が家畜を利用することで利益を得ることを目的としている、とヤンソン先生は言っています。
彼が広めた獣医学は産業対象、つまり国民のための獣医学であり、その基本は家畜衛生学でした。
現在でも家畜衛生学という授業はありますし、内容の本質も変わっていません。
獣医学教育の中心は牛や馬などの産業動物
前述したように、戦前の獣医療というと軍馬や使役牛の治療が中心でしたが、戦争が終わると、人間が食べるための家畜つまり産業動物の治療へと変化してきました。
つまり、人間が利用する動物の病気を調べて治したり、食べても安全かどうかを検査したりするのが、獣医学という学問の始まりなのです。
今でも獣医学部では、犬猫などのペットの治療よりもずっと長い時間をかけて、産業動物の病気や公衆衛生について勉強します。
現代の獣医学部では、英語、数学、生物学などの教養科目から、解剖学、生理学、公衆衛生学、微生物学、薬理学、病理学、内科学、外科学、繁殖学……など専門科目の専門科目まで幅広く学びます。
でも内科学や外科学といった臨床系の科目を学ぶのは高学年になってからで、6年間のうち正味1年間ぐらいです。
対象となる動物も牛や馬が中心です。
ちなみに、ペットの病気や治療について大学で教えるようになったのは、この何十年かのことで、種類はほぼ犬だけです。
ウサギやハムスター、さらには爬虫類など、犬猫以外のエキゾチックアニマルといわれる動物については大学では全く学ぶ機会はありません。(ウサギやマウスは実験動物として使うことはありますが。)
実習では、動物を解剖したり、手術の実習、動物園の見学といった、皆さんがイメージする“獣医学部らしいこと”も学びますが、保健所や食肉衛生検査所(と畜場)、下水処理場を見学したりなど、獣医の仕事?と思うようなことも学びます。
獣医学部=病気を治すことを学ぶところ、ではない
私は今動物病院で仕事をしていますが、飼い主さんといかにコミュニケーションがとるか、というところが重要で、動物病院に就職してまずぶち当たるのが、「コミュニケーションの壁」ではないかと思います。
獣医学部では大学6年間かけて動物の病気や体の仕組みについて学びますが、診療の進め方や飼い主さんとのコミュケーションを学ぶ授業というのはなく、就職して自分で身につけていくことになります。
獣医学部と聞くと、犬猫のお医者さん、病気を治して命を救うための学問というイメージを持つ人がと多いと思います。
なので、入学してからの授業内容にギャップを感じる人が多いし、私もそうでした。
牛や馬といった産業動物を中心に学び、小動物については少し触れる程度、そして動物の病気を治して命を救うためというよりは、人間が動物を利用するための学問である獣医学。
でも6年間獣医学を学んでいると、牛や馬といった産業動物を中心に学び、小動物については少し触れる程度、そして動物の病気を治して命を救うためというよりは、人間が動物を利用するための学問、獣医師は動物の命を救うだけが仕事ではないと気付かされるのです。
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